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「遊べない子は・・・」

世界で一番初めに幼稚園(キンダーガールテン)をつくったフリードリッヒ・フレーベルは「人間教育」という書物の中で「遊べない子どもは充分に発達していない・・・」ということを書いています。

 

ここで指す 「遊べない」 は 「自ら遊べない」 「主体的な活動としての遊びができない」ということですね。

 

4月から弊社に切り替わったある保育園では私どもの考えと90度ほど異なる保育をしており・・・

(あえて180度とは言いませんが・・・)

 

私どもの保育の説明に私自ら伺いました。

 

その中で「うちの子どもが楽しくないと言っている」という発言があり・・・。

 

今までの保育は先生がすべてを決め「やらせる保育」

いわゆる先生主導の保育です。

先生が自ら立てたカリキュラムに沿い、何をするかの指示命令が次々と出るため、先生の指示命令通りに動いていればいい保育でした。

 

先生の主体性が発揮され、子どもの主体性は求められない。

ある意味、子どもが自らの頭で考えなくてよい保育でした。

 

それが90度変わった私どもの保育では子どもに主体性を求めます。

子ども自身が何をしたいのか?

子ども自身の意思、判断が要求されます。

先生は何も指示しない。

子どもが自ら考え、動き出すのを待ちます。

もちろん、遊びの環境は整えた上でです。

 

今まで自らの頭や心を動かして生活してこなかった子どもには厳しい環境ですね。

それは一言で言えば子どもは 「つまらない」 と表現するでしょう。

 

だからと言って先生が遊びに誘導してしまえば、意味が無い。

今までと同様の保育になってしまいます。

 

子どもが自ら動き出すのを待つのも保育です。

 

「自由」は実は厳しいのです。

 

指示命令をされた方が人は楽。

考えなくて済むから・・・。

言われたことだけをやれば褒められるから・・・。

 

「つまらない」というより「厳しい」と感じているでしょう。

 

フレーベルの「遊べない子どもは充分に発達していない・・・」は的を得ていると思います。

 

そして今、最も大切だとされる 「生きる力が育っていない」 と言えると思います。

 

幼児教育では文部化科学省の「幼稚園教育要領」を基に子どもの教育をしなければいけないのですが(幼児教育の)「ねらい」の中に以下のことが書かれています。

 

「幼稚園修了までに育つことが期待される生きる力の基礎となる心情,意欲,態度を育む・・・」

 

特に私は 「意欲」 が大切だと思っています。

 

「普通に生きられればいい」という若者の言葉を聞くことがありますが、「普通って何?」 

百歩譲って「普通に生きる」ということを日本人の好む「中流」という言葉で言い換えて「中流家庭で生きる・・・」として、夢も無く生きることが意味や意義があるのか。。。

 

「草食男子」なる言葉も少し前?だいぶ前?に流行りましたが「意欲」をもって生きることをしなければ、道は開けないと考えている「肉食系」?!の私には理解しづらいことですね(苦笑)

 

「夢を持ち、その夢を実現するために努力する」ことが人生と考えてきた私は・・・。

 

話はずれてしまいましたが、乳幼児期には自ら主体的に取り組む「遊び」を充分にさせてあげてほしいものです。

 

自らの「心」と「頭」と「身体」をフルに動かす生活をさせてあげることが最も大切な時期です。

 

乳幼児期は人間形成の基礎を築く時期ですから・・。

 

それが生きる力につながります!!